[ 2008年 02月-03月 合併号 ]

02月04日 (月)   

今月のTOP写真は、SPITZ「SAZANAMI OTR」ツアートラックの写真。良いでしょう・・・きれいでしょう。
夢を運ぶ「さざなみOTR」ツアー。昨年12月から始まった2年ぶりの本ツアー。
もう少し早く出そうと思っていたのだが、あっという間に2月になってしまった。
しかし今年は年内一杯全国を駆け巡るので、これからまだまだスピッツワールド全開でご愛好よろしくです。

今日の日記は報告がたくさんで長くなる。
まずは報告第1弾「SPITZ OFFICIAL DATA BOOK 1987- 2007」
スピッツバンド結成から20年の軌跡のデーターがすべて収められている。
僕はバンドデビューの1991年から付き合いなので、16年分、約400カットにも及ぶの大量の写真を使用していただいた。
それと恥ずかしながらだが、ごく身近なスタッフと1人としてのコメントも寄せた。
まったくプライベートなことだが、1991年と言えば、僕の息子が生まれた年。
スピッツの歴史の中には1年1年成長していく息子の成長も同時に刻み込まれている。
そんな息子も今では16歳、父の身長を遥かに超えて180cmも超えてしまった。
しみじみとスピッツと息子の16年間の成長を感じるわけである。
ほんとうにたくさんのシーンを撮影してきた。本当に思い出深い一冊だ。
そしてまだまだ旅の途中・・・これからもスピッツとともに長い長い旅路を歩んでいきたいと決意を新たにする。会場限定販売なので、ライブ会場でゲットしてくださいね。
そして報告第2弾は、ロシナンテスポスター。
1月10日付けの日記にも記したが、いよいよ西日本各地の高速道路のS・AやP・Aに張り出されてきた。
先日の長崎スピッツ合流時も、メンバーやスタッフから「大分からの移動途中で見たよ・・嬉しかったよ」と自分のことのように喜んでくれて、僕もロシナンテスの活動が一歩ずつ確実に広がりを見せている一助になれてることに、これまたしみじみとしたわけであるよ。僕は間抜けながら実際にポスターが貼られているところを見ていない。写真はロシナンテス小倉本部、海原六ちゃんが送ってくれたもの

報告第3弾は、NEWSでも速報として報告したが「ナガサキ・ピースミュージアム」で6月24日から7月13日の日程で写真展も開催できる運びとなった。ほんとうに嬉しい限り。これまた開催に向けて一生懸命頑張る。 
報告第4弾は、めでたく今日発売となったAERA。ぜひぜひ手に取ってください。
今回は見開き2ページに1枚の写真だが、その1枚に込めた想いを感じてもらえれば僕はうれしい限り。

本当にAERAのフォトエディターの方、編集部の方には感謝である。
「読売ウィークリー」同様に思わず嬉しくなって、またまた10部購入してしまった。
両誌ともモノクロ写真掲載だが、わざわざカラーグラビアのページをいただきグラビアモノクロ印刷の配慮をしていただいたお陰で、週刊誌の薄い紙質にも関わらず写真のディティールが良く描写できた。

今日は、2月15日発売の「カメラマガジン」の最終色稿も出版社まで出向いてチェックし無事終了した。
写真専門誌ならではの最良の紙質と印刷で、よりもっと写真独自の質感を感じてもらえると思う。

ここ数ヶ月、通常の音楽写真を貫きながら、多くの新しい方に会う日々が続いている。
2年前の春先にはスーダンや国際協力や撮影する為の下準備としての勉強と調査の為、たくさんの方とお会いしていた。
そして昨年、スーダンに2回渡航し撮影・・・帰ってきてすぐに写真を仕上げて計画通りに今度は発表の為の裸一貫売り込み作業。
本当に多くの方にお会いして評価をいただき、ひとつひとつ形になっていく。本当に感謝である。
本当に感無量の気持ち・・・2年前の日記を読み返してみる。本当に先の見えない撮影計画。
そして発表までの道程。音楽写真の仕事と平行しての活動だから牛歩のような歩みなのだが、ここまでよく初心を貫き通して来れたなと感じる。
今月1日には写真家広川隆一さんともお会いした。ぼくのサイト開設時から日本人ではただひとりMy Favoriteに入れさせていただきリンクで紹介させていただいていた。
1月の日記でも触れた音楽写真の尊敬する大先輩、大川奘一郎さん同様、ぼくが尊敬するジャーナリストフォトグラファー。1980年代の「DAYS JAPAN」(講談社刊)では素晴らしい写真を数々見せていただいていた。
彼は主にチュルノブイリ原発とパレスチナを長年撮られてきた。その写真のどれもが単なる報道写真というだけではなく愛情に満ちた、言い方が変だけれど何処かロマンティックさえ感じる美しい写真群だった。
そんな大先輩のところにも裸一貫ツアーの僕は直接作品を持って出かけていく。

まだまだ走り始めたばかりの新しい道・・・これまでの28年に渡る音楽写真とともに一生懸命に歩む。
1月にはHEATWAVEのライブツアーの写真を撮影した。思った通り素晴らしい写真が撮れた。これから良い形で発表できるように練って練って活動していく。
明日5日は、ここ数年見守り続けてきた「夏川りみ」ちゃんの撮影を開始する為、静岡富士市に向かう。
これも練って練ってじっくり撮影し写真を発表するまで持っていく。

スーダン写真をすればするほど、僕の中には確かな音楽の鼓動が広がっていく。

その両輪を一生懸命動かしていく。
両輪を動かしていくのは休みがますます無くなり、ほんとうに忙しいのだが・・・充実した毎日を感じている。
そして今週末はまたまたSPITZ新潟へ・・・僕の我が家で音楽が与えてくれるキラメキを心身ともに浴びる。
ほんとっ・・・ぐるぐる回ってSPITZワールドに帰ると我が家のような安心感と、彼らの音楽から常に新しいキラメキを感じることができ、エネルギーも充電。ほんとにほんとにホッとする特別な空間なんだよね。

ほんとうにありがとう・・・スピッツワールド。  だよね。

今日の気分は「僕のギター」を、心の中で「僕のカメラ」に変えて繰り返し聴いている。

     「そして君を歌うよ、小さなことが大きな光になってくように・・・
          かき鳴らしてはかき鳴らしては、祈ってる」  
                                 スピッツ「僕のギター」2007さざなみCDより

02月22日 (金)   

すでに発売から一週間過ぎてしまったが、15日発売の「カメラマガジン」(エイ出版)をよろしくです。
前2冊は週刊誌だったので、あっという間に発売期間が終わってしまう緊張感で、すぐご報告したが、こちらは季刊誌なのでまだまだ当分の間書店に並んでいると思い思わず一週間経ってしまった。ただ極専門誌なので大きな書店やカメラ専門店のカメラ書籍コーナーや文化誌に力を入れている本屋さんなどでは常においてあると思うのだが、普通の本屋さんなどではなかなか置いてない可能性があるので、そこはひとつ本屋さんで注文するなりインターネットで注文するなりしてくださいまし。
ぼくは発売当日にカメラ専門店で早速購入し、しみじみと感傷に浸りたかったが、そのまま飲み会2連チャンでヘロヘロになり気付けば今日に至ってしまった。上の写真は携帯カメラくんで簡単に撮ったので画質が悪いけれど雰囲気を感じてください。6ページに渡り写真が掲載されています。あとひょんなことから「歩きカメラ」という特集にも寄稿していて2ページに2点の写真を提供しているので、あわせて見ていただきたいと思います。
引き続き・・・ご報告。
昨年11月付けの「旅風日記」でも詳しく触れたが、その時紹介した4作に加えてあと2作・・・あわせて6作品分のCDが先日やっと送られてきた。
本当に嬉しい・・・前にも触れたのだが1983年の25年も前に撮影した写真に出会える。
ほんとうに20代の若い写真にまたまた現在のものとして蘇る。嬉しい限り・・・写真屋冥利に尽きるのだ。

早速聴いてみる・・・あっという間に1983年に帰っていく。80年代に帰っていく。
アナログレコードしかなかった音源が新たなマスタリング作業を加えて素晴らしい音源で蘇っている。
そしてボーナストラックも加えてあって、「フィルムガール」のデビューシングルの音源が加えられていたりして思わず自分も23歳に戻って胸がキューンとなる。確かに素晴らしい音楽に出会った確信と改めて感謝の気持ちも湧いてくる。

本当に数多くのライブやスナップやあらゆる場面を撮ってきた。本当に20代から数多くの音楽のシーンの中を徹底的に泳いできたんだなと改めて思う。小山卓治だけでも相当な日数をともに過ごしてきたし、その頃は同時に浜田省吾も長渕剛も佐野元春も爆風スランプも徹底的に撮っていたんだもんな。80年代中盤以降は、それに加えてシオンやスターダストレビューやアルフィーやハウンドドックやあんべ光俊やハタまた・・・森高千里やCCガールズまで手を伸ばしていたものな。
雑誌連載レベルだけれど泉谷しげるも毎月撮影してたりもしたし、まだまだ本当に数多くのアーティストを撮影してきたな。

ここのところ浜田さんも30周年ということもあったりしてツアーパンフやカレンダーそしてライブで使用する写真映像などで数多く1980年代からの写真使用していただいたり、今月4日でも触れた通りSPITZも昨年バンド結成20年データーブックで、1991年、18年前からの写真にも改めてまた出会ったりと、本当に長年撮り続けてきたことでの感無量のかわゆい写真たちに出会うことが多くて何度も言うけど本当に嬉しい。

いま僕は新たにスーダンの写真を一歩一歩発表しているけれど、そんな新しい今の写真たちに加えて、今まで撮影してきた写真たちが確実に僕の中で繋がっていることも確信できる。
そして過去に撮ってきた写真だけでなく、今もスピッツを撮影し浜田省吾も撮影し、またまた小山卓治も撮影しまだまだ延々とアーテイストたちの撮影は続いて行く。
ぜひ小山卓治の再発のアルバム群を手に入れて聴いて欲しいと思う。この6枚に加えてあと2枚・・・計8枚が発売される。

ひとつ・・・いろいろ引き続きよろしくです。

あと書きついでに・・・先日起きてしまった自衛隊イージス艦と漁船の衝突事件。
昨日やっと石破防衛庁長官が千葉の漁港に挨拶に行ったけれど、何をおいても真っ先に行かなければイケナイんじゃないのと思う。そして連日のように情報隠しの詮索や原因究明の報道や地元漁港の人たちの涙や怒りなどが報道されているが、そりゃー原因究明も進めなければいけないと思うが、最も大事なのは行方不明の二人をなんとしても捜索しなくちゃいけないんじゃないのと思ってしまう。仲間の漁船が天候が荒れているため捜索の為の船を出せないとニュースが流れる。
たぶん海上保安庁が捜索を続けているのだと思う。しかしだよ・・・なにがなんでも海上保安庁はもちろん自衛隊の最新鋭の船や機器や・・・自衛隊が自衛隊の総力を挙げて船や飛行機や潜水艦や、どんな悪天候でも全力で100隻、100機、使用できる最新鋭の捜索技術を使って探さなければイケナイじゃないのと頭に来てしまった。
だったらカッコいいと思うし、やはり自衛隊も必要だよねと思うかもしれないけれど、地味に捜索してどうなっているの??

捜索する為に、大編隊を組んで衝突した海域に向かう姿を報道されるだけで感激すると思うのに、あの海域の捜索に関しての報道があまりに少ない。時々「今日も午前3時から捜索が始まりました」・・・あまりにも小さい。
何が何でも捜索大編隊を全ての機関が合同しても良いから出してもらいたい。その前向きな行動を見たい。
まずは行方不明の2人を探し出すこと・・・そのために演習や訓練や税金を使ってきたんだろ。
水深2000mまで潜っていける潜水艇も出せばいい、高性能のレーダーシステムも使えばいい、民間の漁船や海上保安庁の数隻と海猿だけに任せてないで、全ての船や機材や全国にいるまだまだ沢山の海猿捜索スペシャリストを集めて何が何でも探し出すべきだよと何度も何度も強く思う。

で、またまた話題は変わるのだけれど、先日思わず嬉しいことがあった。
この日記を本当に不定期で書いているわけだけれど、カウンターを見ても確実に毎日多くの人が覗きにきてくれているみたいだけれど今ひとつ実感が湧かないこともある。BBSに書き込んでくれることによって、なるほど伝わっているのだなと実感するし、しかし全ての人が書き込むわけでもないし僕もBBSに書き込むことも少ない。
そんななか先日、1月の日記を読んでくれた人と偶然お会いすることができ、あーこんな人にも確実に届いているんだと本当に嬉しくて嬉しくて、それだけでも日記を書き記してきたことにすごく意味があるしホームページを作って持続してきたことが良かったんだとつくづく思った。1月のその文章を書いた時は、自分の心の整理のため、そして届いて欲しい心の表現だったと思う。それが偶然にも想像もしなかったけれど一番届いて欲しい人に届いていたからビックリした。「こんなこともあるんだね」とつくづく思った出会いだった。
だからまだまだ不定期ながらだけど、今後も書き記していこうと改めて思う。何気ない日々の嬉しい出会いの中で・・・。

02月25日 (月)   

昨日、都内である人にあった。

そしてカンボジアに行くことを決めた。
2年前にスーダン川原医師の撮影を進めていく中で、すでに次なる被写体として見続けてきた人だ。
昨年は念願のスーダンでの撮影も始まり、今年初頭からは念願の発表もコンスタントに続けてきている。

その発表作業と同時に、次なるステップへ・・・

自分が目指しているところへ一歩ずつ一歩ずつ・・・

当然のことだが、今年もスーダンでの川原医師の活動を撮影しに渡航する。
そして新たにカンボジアへ・・・約2年前あたりに書いた日記通りに、世界中何処へでも行く。

これからいろいろな準備をして早ければ5月あたりには行きたいと思っている。
また具体的になれば少しずつお伝えしていきたいと思う。
そして今週はまたまたスピッツのライブへ合流。新潟以来の2週間ぶりの再会。
音楽の中でも限りなく泳いでいく。

昨日はほんの短い時間だったけれど一時帰国なさっているご本人にお
会いすることができ、その柔らかな心とまなざしを感じ撮影していくことを決意した。やはり最後の決断は直接ご本人に会っての空気感。また確かに心が動いた。

03月12日 (水)   

3月に入った。驚かないでほしい。2月から引き続きのページにすることにした。

いわゆる2月、3月合併号・・・要するにTOPの写真のSPITZツアートラックの写真が気に入っていて、もったいないと思ったからだ。

3月8日のSPITZ韓国ソウル公演を無事終え帰ってきた。
3年ぶりのソウル・・・そして今回で5回目になる韓国公演。日本でのデビュー時と同じように地道にライブを重ねている。
大きなマスメディア作戦をすることもなく着実に着実に・・・実に彼ららしい活動。
そして韓国でもブレイクしていく予感がしている。今までで結果的に一番動員が多いライブとなり、ひとりひとりのお客さんも実にスピッツの音楽を知っている。本当に嬉しくなった。日本では感じれない独特の熱気と愛情。
涙が出てきた。
日本では1995年「ロビンソン」で大ブレイクした彼らだけれど、僕としては直前のツアーでのお客さんの熱気に確実にブレイクを感じていた。韓国でも確実に浸透していっているのがわかる。

なにより異国の地で、みんながスピッツの歌を知っていて韓国パワーで逆にメンバーがあおられる。
そしてメンバーの演奏にもマサムネの声にも熱がこもる。すばらしいライブだった。

日本でホールツアーを廻っている途中での韓国ソウルでのAXスタンディングでの「さざなみOTR」。
すごく新鮮な気持ちになれ、改めて今回のアルバム「さざなみCD」とツアー「さざなみOTR」が、いかに素晴らしいかを肌で感じることができた。これからも着実に韓国公演を続けていってほしいと願うばかり。

ほんとうにスピッツは、自分にとっていつも刺激をくれる大切な存在。

その間、BBSの方で僕の親友からの書き込みがあったよね。
本当にめくるめく忙しい1月末に撮影した写真が、dancyu(ダンチュウ)・・プレジデント社刊で発売された。
2008年4月号。月刊誌なので書店でまだまだ見ることができると思うので、ぜひ覗いてくださいまし。
そのなかの「食の革命家たち」というシリーズで、親友・旧友20年以上の付き合いになる五月女氏が登場。
なぜか・・・僕が彼を撮影することになった。20年以上付き合ってきて彼を撮るのは始めて・・・それゃーそうだよな。
ただの友達を撮ることなんてしないものなである。しかし撮ったのである。
あいつも偉くなったものだ。革命家として取材されるとは・・・彼とは沖縄計画をしている仲間でもあり、あんべ光俊を引き合わせた張本人でもあり、いろいろと公私ともに腐れ縁で長きに渡って、お付き合いをしている仲。
あとライターは、樺島さんといって元プレジデント編集長で、僕のスーダンの写真にも興味を持ってくれていて、ある種三つ巴の人間関係の取材となったわけである。

ぜひ彼の誇りある食作りや生き方を感じてほしいと思う。

03月19日 (水)   

今日付けでNEWSを更新したが、2008JPS(日本写真家協会)展にスーダンでの写真を応募したところ入選した。
入賞ではなくて入選・・・はっきり言って、チトッ恥ずかしい。
たぶん1月のドタバタ騒ぎのなか、締め切り日ギリギリのとりあえずと思って写真を送った。
最近のJPS展の傾向を見ていて入賞は難しいだろうと判っていた。写真的に何か技巧したものや写真ならではの決定的瞬間の写真が多く選ばれていたからだ。
僕のスーダンの写真はモノクロの本当にスタンダードな処理の写真・・・しかし入選したから素直に嬉しい。
そしてもう一つ・・・チトッ恥ずかしい。キャリア28年にもなる僕が、JPSであろうと写真コンテストに応募してしまったことがチトッ恥ずかしい。
しかしだっ・・・スーダンから始まった写真に関しては全くの新人と思っているから何でも売り込みに、そして応募なのだ。
とにかく人に見てもらうこと・・・多くの人に伝えていきたいのだから着実に一歩ずつ機会があれば何でもする。

と、言い訳をかましましたが、5月後半から東京、広島、京都に名古屋と3枚の組写真が展示巡回されますので、ぜひ足を運んでください。
入選であろうと喜ばしい限りです。これからスタンダードの写真力が伝わるよう気持ちを込めて深い深いモノクローム写真をプリント仕上げいたします。オッすっ・・・頑張ります。
ということでJPS巡回展の途中からは、長崎での写真展、そして東京での写真展と着実に皆さんに生で写真を見ていただく機会が増えていっています。
BBSでも書き綴りましたが、長崎での写真展は、展示場との考え方を反映させて、あえてカラー写真の展示にしたいと思っています。四つ切(A3)の大きさのプリントが約50枚、全紙(A2)の大きさのプリントが約20枚の規模とロシナンテスの活動がわかる小さな写真を多数展示していきたいと思っています。
東京での共同通信ギャラリーウォークでの写真展は、場所柄写真展というより写真展示という感じになります。
共同通信本社に続く廊下を使った展示です。そこに全紙(A2)の大きさのプリント約20枚、そしてその倍の大型プリントも数点展示しようと思っています。もちろんスタンダードモノクロで・・・。
この場所を選んだのは、一般の方にはもちろんだが、最初の一歩として通信社大手である共同通信社に訪れるであろう多くの報道関係の方に見ていただきたいという願いからなのだ。

ぜひぜひたくさん足を運んでください。
もちろんまだまだ雑誌にも売り込み中です。引き続き現在6誌くらい進行中です。
そしてカンボジアで撮影して、スーダンでもまた撮影して、来年にかけてもコンテストに写真展を展開していきます。
来年は東京で80点規模のちとっ大掛かりな写真展もしたいと思っています。

折り重なっていくスケジュールの中・・・クモの巣のような状況になりつつありますが一歩一歩頑張ります。

そして今週末22日には、小山卓治が25周年バンドライブがあります。僕はお祝いに久々にカメラを持って駆けつけます。
感無量のライブになりそうです。仲間のミュージシャンたちもたくさん集まりそうですし怒濤の夜になりそうです。

そして翌23日には、スピッツツアー静岡に参上予定です。ベースの田村くんとギターのテツヤの出身地。
まだまだ音楽道も続きます。

先日には浜田省吾の撮影で、一日を一緒に過ごしました。
彼を撮影し始めて25年・・・「よくここまでお互い歩んできたよね」と言葉を交わしながら遠く海を眺めてしまいました。
彼らの所属事務所「ロードアンドスカイ」も、この3月でちょうど25周年。
発足当時からのお付き合い。長いようであっという間の25年間・・・感謝感謝の感無量が続きます。

そして、まだまだ後ろを振り向くことなく前に進んでいくという感じ。

あっ先週末は3日間に及んで久々にwebデザイナーしてました。あんべ光俊のサイトです。
彼も相次いでアルバムを出し、そして4月にはソロデビュー30周年ライブが、東京国際フォーラムであります。
それら全てアッブする作業をしました。おまけにwebSHOPも新たに作って開店させました。
webデザイナーとしては、チトッ技術力の引き出しが乏しいため、まるで姉妹サイトのような感じだけれど愛情込めて作っているので、そちらも覗いてくださいましね。僕のリンクからアクセスできますからね。アルバム買ってちょ。
ひとつ・・・これらの兄貴たちの活動応援もよろしくです。

チトッ・・・またまた長くなりましたが、JPS展も長崎も東京も小山卓治のアルバムも、なにもかも全部まとめてよろしくです。NEWSをマメにチェックしてね。
ふぅーーー。