[ 2006年 04月 ]

04月04日 (火)   

春になりました。春になってしまいました。

ほんとっ早いわけです。

毎年恒例、4月の息子とのスポーツ観戦旅行。
一昨年は、磐田スタジアムでのジュピロ磐田vs浦和レッズ・・そして静岡観光。
昨年も引き続き静岡遠征してレコパでのジュピロ磐田vs清水エスパルスの静岡ダービーを観戦しました。

今年はWBCの影響をもろに受けて神宮に野球観戦。
スワローズ対タイガースの一戦。
9回裏満塁での押し出しフォアボールでの4対3でのヤクルトの勝利。相当楽しめました。
翌日はお約束のサッカー・・・埼玉スタジアムでのレッズ対名古屋グランパスの一戦。
こうしてスポーツ観戦を通しての息子との旅行。今のうちにいろいろな体験をさせていく親心という奴です。
日常から離れて旅先では、日頃話さないいろいろなことを話します。
サッカーのことはもちろん、学校のこと社会のこと・・今起こっている事件のことやイラク戦争のこと
戦争の裏側にある宗教の事や石油利権のことまでも・・・自殺や少年犯罪や覚せい剤のことも話します。
教えるだけではなく、お互いがそんなことで意見交換をします。「あーなるほど、息子はそう考えるのか?」
ホテルでも温泉旅館でも、できることから息子にやらせる。一つずつ経験させていく。生きる力を一つずつ与えていく。
知識だけでなく知恵を与えていく。自然にそんな場を作っていく。楽しみながら・・・。

今月のTOP写真は、6月に迫ったワールドカップを見据えて浦和レッズサポーターの熱狂的な埼玉スタジアムです。
こんな情景が日本にやってくるとは・・・僕が小・中学校の時からは想像もつかない日本サッカーの盛り上がりと成長です。まだまだ本場のヨーロッパや南米には、とても及びませんが・・・。
埼玉スタジアムは、サッカー専用なのにどうして客席とピッチの距離があんなにあるのだろう?
ヨーロッパや南米の会場は、テレビを見ててもわかるけれど本当に近い。
日本で唯一、磐田スタジアムが近いくらいで、日産スタジアムなんてトラックもあるせいもあるんだけど、本当に遠いもんな。もっと身近にプレーを楽しめる環境がほしい。身近にみる迫力や一体感は、音楽のライブでも素晴らしいショックを与えてくれるものな・・・。

あと、もうひとつ悲しいお知らせ・・・ここで話すことではないのだがワールドカップドイツ大会。
ぜひとも現地に息子と観戦しにいこうと思っていたのだが、3月に息子との協議の結果。今回は見送ることにした。
彼もサッカーをしていて、中3。今年のチームはヒョットしたら県大会進出の希望があり、その大会が7月。
6月は練習、練習試合、チームとしての仕上げの時期になる。
息子の意志で、中3の上級生としての責任と一選手としての責任も感じてるらしく・・・そこに集中したいとのこと。
・・・仕方がない。その心の成長が嬉しいような・・・ドイツに行けなくなったぼくの心が哀しんでいるような・・・
仕方がないので、親と子の海外体験実習の夢は、来春高校受験を無事終えて、春休みにイタリアセリエAとチャンピョンズリーグ(ヨーロッパクラブ選手権)をあわせて観に行く。イタリアやフランスやイギリスを体験するツアーに変えた。
残念だが、6月は仕事をしながらのテレビ観戦。それでもおおいに応援する。

たらたらと日記を書いてきたが、保留の日記が溜まっていっている。
3月の本の紹介しないとな・・・。まぁ気ままに読んでくださいな。

04月05日 (水)   

ひょんなことから小山卓治の有料サイト「ONE」へ・・・
そしてひょんなことから、おもいきり懐かしい映像を目にした。
1994年、彼のアルバム「ROCKS」のレコーディングとジャケット撮影が収められた映像15分あまり。
12年前の小山卓治と自分の姿がそこにあった。
こんな映像があったの? 現場にビデオカメラが入っていたことに全く記憶がない。
だけど、その映像を見て、あの時の熱い気持ちを思いだした。
小山卓治とは1983年デビューの時からの付き合い・・・ずっと撮影をしてきているが常に一緒ではない。
94、95年を撮影し、それから3年くらいの空白を経て1999年にビデオ撮影を思いつき、それから3年間スティールカメラではなくビデオカメラを抱えて2003年にDVDを出した。それからまた撮影をしていない。
ここ最近の小山卓治とは、プライベエトで会っていても撮影はしていない。ライブにも行っていない。
アーティストとの距離感も考えるのである。ずっと一緒だとアーティスト・小山卓治がわからなくなるのである。
そうして時々、ホームページをチェックして最近の小山卓治を知るのである。
この小山卓治の有料サイト「ONE」は、以前(2005.10.22付)の日記にも紹介したが、さすがに有料だけあって、ものすごい情報量で音も映像もサイト自体も凝りに凝っていて、そのサイトを見て自分のサイトに戻ってくると、まるでよちよち歩きで落ち込むのである。まぁ、自分のサイトは気軽に、そしてできるだけシンプルにをモットーにしているので、「これでいいっのだ!!」という確信があるのだが、本当に素晴らしいサイトなわけですよ。
僕が見てきたサイトの中で、間違いなくNO.1の完成度なのである。
まぁ、もっともそのサイトを作っている人は、コヤママサシさんという・・・僕のサイトにもアドバイスしてくれているしあんべ光俊でも浜田省吾でもグラフィックデザイナーとして御世話になっている素晴らしいセンスをもった人物なのだけれど。
そのコヤマ氏と小山卓治とのコラボの戦う姿が非常に美しい。ぜひ小山卓治の通常無料サイトから有料サイトの「ONE」への案内もあるので、アクセスしてみてください。
そして近況の小山卓治の活動は、2003年夏にDVDを発売してから3年弱の月日が流れてきたのだけれど、すごく「ONE」も含めて、ライブもまた一歩新しいところに踏み出しつつあるなと実感するわけです。

小山卓治とも共通の友人・・・そして昨年の5月の日記にも登場した城山からも、またまた新しい成果が届いた。
雑誌「アエラ」の別冊で、「AERA in FOLK」(朝日新聞社刊)という雑誌が発売された。
吉田拓郎、陽水、中津川フォークジャンボリー、伊勢正三、高田渡、サディスティック・ミカバンド・・・etc
70年代の音楽の興りを総括したような雑誌である。
なぜかそこには浜田省吾の「ミッドナイト・ブルートレイン」への記事も掲載されている。
文章はもちろん城山隆、そして僭越ながら写真は僕、内藤の写真が使われている。
ぜひ手に入れて読んでいただきたい一冊である。
僕が全面協力で撮影している「スローハンド」とかぶる感じもあるのだが、ここ最近そんな雑誌が、そんな音楽へのまなざしが日々増していると感じる。「スローハンド」も持続性音楽雑誌として頑張る。

そして僕と味噌屋・五月女と進める沖縄事業計画。彼は4月の頭に沖縄に行って事業を現実のものとする為に動いている。
彼は先の2月には、石垣島営業所を開設した。
僕は4月の頭は、息子と野球観戦、サッカー観戦をしていたのだけれど・・・あれっ? おれ、サボってる?

いやいや、そんなことはない。
こうやって、あらゆる友人が常に動き、お互いを刺激しあいながら、夢や心を伝承していく。
本当に幸せなことだ。

ぼくも2月から、日々本当にいろんな人に会っている。
3月末も会う気はなかったのだが、小山卓治とも久しぶりに会った。
ぼくは、その日二人の共通の友人に会いに行った。そしてなぜか小山卓治も合流したのである。

もうこのへんで、小山話から盛り上がったのだけれど・・・
昨年この日記(2005.11.25付)で記した、新しく踏み出す3つ・・・4つのことを記してみようと思う。

1つ目は、ご存じ音楽雑誌「スローハンド」。もうすでに一歩を踏み出した。4月からは次号の撮影が入ってくる。

2つ目は、なんとなくこの日記やBBSで輪郭を小出しにしてきた沖縄進出事業計画。
これは、旧友・五月女と那覇の友人も巻き込んでの事業・・・ぼくは自分のギャラリーで参加と言うか、一緒になって事業を推進して無事にオープンすることを目指している。早ければ今秋、普通に行って来春・・・マイペースに行くとここ数年のうちに。という計画である。まぁここは焦らずじっくりと確実に味噌のように熟成させていこうと思っている。
3つ目は、飛ばして・・・

4つ目を先に・・・これも今の段階では、何とも言えないことである。
ここに書いただけでも怒られてしまうかもしれないけれど、あえて書いてしまおう。
それは、またまた友人のカメラマン仲間の吉田恒星からの電話から始まる。彼のことは僕のサイトでもリンクでも紹介しているので詳しくはアクセスしてみてください。
彼はもともとスティールカメラマンだが、ムービーカメラマンにも進出。
浜田省吾のところでは、僕は写真を撮っているが、彼は浜田省吾のライブ映像のほとんどにムービーカメラマンの一人として参加している人物である。昨年の浜田省吾、埼玉アリーナでの映像シューティングでも彼は参加していて、久々に会っている。そんな彼からの電話なのだけれど用件は「あんべ光俊のDVDを創ろう」というものだった。
ご存知の方もいるかもしれないが、僕のプロフィール2003年に目を通していただければ理解できるように、小山卓治のDVDを創って、僕個人のこだわりとして動く映像は、あれが最初で最後。その後のオファーも断り続けていた。
そして吉田恒星からの電話・・・ぼくは監督はしない。だけど「やろう」と言う。
僕はたぶんプロデューサー的な役割をしていくだろう。
そして「あんべ光俊のDVD」の発表が、可能かどうか? いろいろな角度から検討していくことになる。
その一環で、来る4月12日の六本木のあんべライブでテスト撮影をすることにした。
・・・なので、会場に来られる方には、不自由をかけるかもしれませんが・・・ひとつよろしく温かい気持ちで見守ってください。テスト撮影なので僕もビデオカメラを握る。ぜひ、皆さんの意見も聞きたいと思っています。
BBSに書き込みよろしくです。
そんなことでも3月・・いろいろ動いていたわけです。WBCやサッカーヨーロッパチャンピョンシップを見ながら・・・

そうして、その観戦の合間にもうひとつ・・・3つ目である。
これも、先がまったくもって見えない話なのだが、日記(2005.11.25付)でも触れたように海を渡る仕事のこと・・・
沖縄も海を渡るのであるが・・・海外での取材と仕事の計画である。

結論から言えば、アフリカに行く。そしてスーダンという国に行く。
全く今までの音楽を中心にした仕事とは関係なく、スーダンに行く。
スーダンって何処? という感じなのだが、スーダンに行く。
先方とも連絡を取り合っていて、少しずつ具体化の方向なのだが、まだまだ先は見えない。
越えなければ行けない難所が沢山ある。
ほとんどもう一回、20歳の時と同じように、裸一貫からの仕事への挑戦なのである。
しかし自分の中の確かな心が動いたのである。

ここで発表してしまうのは非常に中途半端でハズカシいのだが・・・これも発表してしまう。
なぜならこの中年が、新しい挑戦していく姿を、成功しても失敗しても・・・もがいてる姿をリアルに伝えてもいいんじゃないかと思うからである。ここで発表して、もし中止になった時・・行けなくなった時も全部ひっくるめて、その時はその時で笑ってやってください。

そんなことで、言えなかったけれど昨年末に浜田省吾ツアー、スピッツツアーが一段落して、今年に入って引き続き休む間もなく資料集めや勉強、そして新しい人に一人ずつ会っていっている今日この頃の春なのです。
もちろん、前から言っているように音楽写真は辞める気は全くないし、これまで以上に励んでいく。
それに加えて、沖縄もDVDもスーダンも力を込めて一つずつ確実に取り組んでいく。

小山話から、こんなところまで来てしまいましたが・・・こうして小山の活動に励まされたり、コヤマ氏や城山や、もちろんスピッツ、浜田省吾からの音楽や世界一周の音楽の数々から勝手に励まされ、それがまた自分の原動力になっていく。
そんな繰り返し・・・

スーダン行の内容やいきさつ等は・・・おいおいと。
今日は、このサイト始まって以来の長文になってしまった・・・然るにこのあたりで。
あーなげえ日記になってしまった。飽きずに読んでね。

・・・おれ、こんな日記書いてる場合じゃないんだよな。
新しいことをやる為には46歳だけれど勉強、勉強・・そして人に会って、また勉強。
受験生よりも、遥かに多くの勉強の毎日とプロとしての仕事に没頭する毎日。
そしてまた・・・勉強。知らないことはまだまだ沢山ある。
そして僕の部屋では、先程までずっと流れていた小山卓治が終わり、ジョン・レノンが流れはじめた。

04月06日 (木)   

今日は、ハルコマ・ミッソーニからBBSへの書き込みがあったことから始める。
まずBBS No.476に飛んで、その文章を読んでみてください。

まったく一緒なんだよね。その「こころ」の有り様が・・・今回スーダンに行く「こころ」模様と。
BBS返信でも少し触れたので重なることがあるけれど再度ここでも記します。

僕が今回スーダンに行く理由の一つは、まったくミッソーニの心と同じ。
子供たちに海を見せてあげたい。そしてその「いのち・こころ」も見て感じてもらいたい。

スーダンという未知の国・・・そこにはやっと内戦が終わり多くの難民がいる。そこに焦点を合わせることも必要だけど、自分はそこで働く日本人にまず焦点を合わしていきたいと思っている。そしてそこに暮らす人々の暮らしや表情、うつくしい風景、景観を大切にして、それも描いていく。
そして、その日本人が、一つ一つの命を大切に救いあげるその「いのち・こころ」を伝えていきたいと思っている。
そんな姿を、まず第一に見てもらいたいのは、将来のある子供たちになんだよね。
・・・豊かな繁栄の中にいる日本だけれど情報があまりに多すぎて、すぐ隣りが気になりすぎて、目標や生き甲斐を失いかけている人が沢山いる。目標や生き甲斐を探し求めている若者も沢山いる。
そんな若者たち、人たちに・・・自分をも含めて見て感じてほしい「いのち・こころ」がある。
まずは自分が身体でリアルに感じたいんだよね。そしてひとりでもいいから感じてほしい。

世界には沢山のそんな日本人が、それぞれの「こころ」で活動している。そんな姿を素直に伝えていきたいんだよね。
だからスーダンのあとは、カンボジアにも行く。ペルーにも行く。世界中どこへでもいく。
そんな大馬鹿な日本人の「いのち・こころ」を伝えていきたいんだよね、その土地の風土と共に・・・。
それは音楽の「いのち・こころ」とも共通していると思う。
自分らしい音楽を経ての視点に立って表現できればと思っているのよ。
音楽も沖縄の塩もスーダンも、みんな繋がっているんだよ・・・自分の視点としては。

世界中で活動する日本人は本当に沢山いると思う。それもいろいろな文化、文明、国に入っていってね。
それはたぶん世界の中でもトップクラスの人数と貢献だと思う。
日常のニュースでは、やれ民主党だの、やれホリエモンだの、詐欺や幼い子どもや弱者を狙った犯罪だの、暗くなって
もう自分たちに将来に希望持てないよ。おとなって嘘ばっかりじゃんと感じるけれど・・・
世界中にいて、なかなか報道されにくい人たち・・・国内だって沢山いる。
そんな人たちを少しずつ伝えていければ、きっと自分にも誇りが出てくると思うんだよ。
豊かな日本の役割に、本当の意味で誇りが持てるようになると思う。それに対して少しでも力になりたい。
足手まといになってしまうかもしれない俺だけど、生きているうちに誇りを少しでも持ちたいと思うんだよ。
もちろん今やってる音楽写真活動にも誇りを持っている。
全国津々浦々で見てきたオーディエンスのそれぞれの輝く瞳。アーティストも本当にきれいな瞳をしている。
その美しく輝く、誰もが輝く瞬間なんだよ。本当に大切なことは・・・。
しかし、ここまできたらもっともっとなんだよね。
自分が出来る可能性を精一杯に・・・なんだよね。

どうもNGOとかNPOとか、団体が沢山あって、よくわかんないし見えにくい感じがする。
まぁホームページで検索していくと実に様々な団体が、それぞれの活動を広範囲で行なっている。
でも、それを見て確かに情報や活動収支はわかるんだけれど、・・・状況写真が多くて。
現地の空気感、肌触り、吐息などの手触り感がつかめない感じがするんだよね。

ぼくは写真で、そんな手触り感のある写真を撮り、展示なり掲載なりしたいと思っている。
そうするともっとNGOとかNPOの活動がリアルな肌触りとして伝わるんじゃないかな?
活動、業務内容ではなくて、そこにある空気・・・それこそ、ご飯をつくっている湯気と営まれる暮らし。
やわらかな現地の人の手・・・そしてやわらかな医師の手。
活動、業務内容や収支報告と相まって、そんな写真の役割を強く感じる。
もっともっとおおらかに伝えていきたい。

そんな意気込みを持っているのだが、もう難関が沢山ある。
自分は基本的に音楽写真の中で生きてきて、音楽関係であればブレーンも沢山いて、いろいろ相談できる。
しかし、裸一貫からのスタートである。ジャーナリスティックなブレーンはない。裸一貫である。
まずは専用のVISAの取得。観光ビザでは弊害が出てきてしまう。どんなVISAがいいのか?
たぶんジャーナリストVISA。これから全部、身体と心で当たっていく。
そして内戦終了まもないスーダンのお国事情・・・日本のように何処でも気軽にカメラぶら下げて撮影できないらしい。
現地で撮影許可証を発行してもらわないといけない。それにもいろいろ制限があるらしい。
入国後には、すぐに外国人登録証の手続きもしなければいけない。
何の為のパスポートやVISAなのだろうね。プラス外国人登録証が必要なのは?
そして滞在期間の延長願い作業。通常だと14日間の滞在制限?・・・ぼくは1ヶ月くらい滞在して撮影を行おうと思っている。
それらを出来るだけ国内でメドをつけて、やっとスタートラインになる。ほんとに未知の国スーダンなのである。
まだまだ遠い道程・・・できれば、7月の中旬から行きたいと思っている。
あれれっ? 各アーティストのスケジュールはどうなんだっけ? そこも調整しないとな。

それまで、そこまでたどり着けるか? 中年裸一貫ツアーは、まだまだ続くのである。
来週からも通常の仕事の合間を縫って、続々と人にあっていく予定である。裸一貫は新人なのである。腰が低いのである。

まだ被写体の詳細は明かせない。彼は5月に一時帰国することになっている。
5月に本人に会って具体的な打ち合わせをする。その時にこの日記への掲載の許可がいただければご報告したいと思っている。
それまでにも、こちらはこちらで動くことが沢山。
写真を撮るということはその意志と、大半が準備、段取りなのであるよ。
そして、気は早いが撮影が無事完了したとしたら、次は発表である。
そこもこれまで培ってきたブレーンは役に立たない。これまた裸一貫である。
写真展も考える。学習誌、専門誌、一般誌・・・ちゃんと狙いと軸を作って、これまた直訴である。
裸一貫・・・直接ドアをたたいていく作業を覚悟している。
そんなことまでしても、やり遂げたい仕事なのである。挫折することも覚悟で、公表もしていく。

そして、またまた僕の柱である音楽写真の仕事にも精を出しながらである。
時間と身体が続くかである・・・鍛えなくっちゃーね。
飲んだくれてる場合ではないよな・・・・・でも昨日も相当飲んだけど。

そして今日はスピッツの「遥か」「正夢」「スパイダー」やはり「夢追い虫」を聴いている。
そんな気持ちが、今の僕にはピッタリなのである。曲を持っている人は、ぜひ聴きながらこの日記を読んでみてくださいな。
ぼくの精神的な気持ちがリアルにわかると思うから・・・。

最後にハルコマ・ミッソーニがBBSに寄稿してくれた文章を・・・

「子どもたちがやがて仕事を始めるとき、どう、社会参加していくのか、その判断材料を与えてあげられれば、と思っています。」

その一言に尽きる・・・そのこころを抱きしめて僕はスーダンに行く。

04月25日 (火)   

やー、まいった、参ったぁ。
4月5日、6日に、このサイト始まって以来の長文と意気込みを書いて、それに対して自分自身当てられてしまったという感じ・・
わかる・・・?
文章だらけのページに自分で書いておいて、あまりにも熱いので自分自身でうっとおしい感じがして、ついついと・・・。

それと相まって、あれからスーダンの講習会に行ったり、情報収集や人に相談したりと・・なかなか慌ただしい生活。
そしてあんべ光俊、東京・仙台ライブを経てそのまま彼のサイトの更新作業をしていたら自分のホームページまでたどり着かず、こんなに日数が経ってしまった。

その間も、前回で発表した動きの他に、まだ言えない動きもしていたので、これまた日記から遠ざかってしまっていた。

すまんっ、すまん。
まぁ軽く言えるのは、ずいぶん話は飛ぶが・・・
NHKで放映されている「チャングムの誓い」に相当はまっているということ。
昨年のツアー中から見始めて、毎週ビデオに録り、秘かな楽しみになっている。
世の中では「冬ソナ」やら何やら韓国ブームが押し寄せていたが、ぼくは乗り遅れていた。
「チャングムの誓い」を見ているからと言って韓国ブームに追いついたとは思えないが、とにかく毎週ワクワクしながら見ている。
あともっと外れるけれど・・・NHK夜7時のニュースのお天気お姉さんの半井小絵さんが、とてもお気に入り。
昨年前半からずっと好きで、秘かに彼女の日々の成長を見守っているのであった。

と、思い切り反動で、軽く復帰の一文を綴ってみた。また明日もスーダン関係の方にお会いする。